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どうしてニワトリは道を渡ったの? by Nick

Nick <日本語訳>
“ユーモアとは蛙のようなものである。解剖されるとその過程で殺されるのだ。”
  ―by ウディ・アレン コメディ映画監督・俳優

日本のユーモアと欧米のユーモアではとてもとても、と~っても大きな違いがあります。上の言葉でウディ・アレンが言いたかったことは、「ジョークは一度だけ」ということです。もし、そのジョークに説明が必要なら、それはもう面白いものではなくなってしまいます。ジョークを説明したら、そのジョークは死んでしまうのです。これは、英語を学習している多くの人が英語で映画を観ようとするときに直面する文化の壁の一つです。おもしろい冗談や駄じゃれ、気の利いた短いジョークなどがわからないのです。ぼくがガールフレンドと映画を観に行ったとき、数々の爆笑シーンで笑っているのはぼくたちだけでした。

ぼくが思うにその理由は、ジョークがうまく翻訳されていないからじゃないでしょうか。

もう一つの理由は、ユーモアがおもしろいかどうかというのは、聞き手がそのジョークのニュアンスを完全に理解しているかどうかによるところが大きいということです。ありふれたキャッチ・フレーズやスローガンをさりげなく使ったり、政治にまつわる話を耳にしても、英語を母国語としない人には理解できないことがあります。その言葉自体を聞き取ったとしても、本質的には、そのジョークを自分に対して説明しているのです。

上のウディ・アレンの言った言葉をみてください。

ぼくが言いたいことは何か、ですって?それは、わけのわからないジョークに悩まされるな、ということです。これは、自分自身が完全にその文化の中に浸らない限り、たぶん乗り越えられない文化的な違いです。決して理解できないこともたくさんあると思います。でも逆に日本語を学ぶものとしては、ぼくは「漫才」を完全にわかるようにはならないんじゃないかと思っています。

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